導入
リシュエンヌは、剣術の勘を取り戻すために強い相手と戦いたい、
とエスペランサに相談していた。
それを受けたエスペランサは、
上位将官や腕の立つ軍曹たちに声をかける。
すると、普段は一番非協力的だと思われていたステファリアが、
思いがけず協力を買って出てくれたのだった。
一体どういう風の吹き回しか、と疑問には思ったものの、
リシュエンヌにしてみれば、自身の剣術の衰えが
どこまで回復したかを確かめるにはこれ以上ない機会だった。
ステファリアほどの騎士ともなれば、
この手合わせで得することなど何もない。
負ければ屈辱を味わうだけだし、勝ったところで何かが変わるわけでもないのだ。
(しかし、もしかしたら……)
ステファリアは、自分やエスペランサと同じ
「エバロン王国軍」の同期であるという絆を考慮して、
協力してくれたのかもしれない――。
そんな思索にふけりながら、
リシュエンヌは約束の場所で彼女の到着を待っていた。
しばらくすると、背筋をピンと伸ばしたステファリアが、
凛とした佇まいで歩いてきた。
対するリシュエンヌは、仁王立ちで彼女を迎え受ける。
少し離れた遠くの場所からは、エスペランサが様子をうかがっていた。
この戦いの場をセッティングした責任を、彼女なりに感じているのだろう。
ステファリアが目の前まで来ると、
リシュエンヌは少し笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。
「すまない、ステファリア。……ありがとう」
しかし、ステファリアは無表情のまま、頭をポリポリとかくだけだった。
「ああ、気にしないで。私も興味があったから。
一応、あなたは私の上司だし……」
「失望させないように頑張るよ。
お前は聖剣の使い手だからな……。
確か、グレゴリスのホリーとはライバルだっただろう?」
その言葉に、ステファリアは目を閉じて小さくため息をついた。
「……わからない」
「わからない?」
ステファリアは遠い目で空を見上げた。
「私は聖剣の使い手として、ただ修練を積んできたつもり。
ホリーも同じだと思っていた。でも、前回手合わせした時は……拍子抜けだった」
「……そうか」
「一時期は、私でも追いつけないかもしれないと感じるほどの、
素晴らしい使い手だった。必死に背中を追いかけていた気がする。
でも、気がついたら追い越していたのかな……」
「……お前は昔から一途だからな」
「だから……今日、興味があったの」
ステファリアの視線が、まっすぐにリシュエンヌを射抜く。
「ホリーは、私の興味から外れた。
だから……リシュエンヌ。あなたが私と同じく強さを求めるライバルとして、
ともに歩める騎士かどうか、確かめたい」
その言葉に、リシュエンヌは思わず目を見開いた。
「それは……大役だな」
「嫌ならいいけど。……帰る」
引き返そうとする彼女を見て、
リシュエンヌはニヤリと不敵に笑った。
「誰が嫌と言った? ……またとないチャンスだ」
リシュエンヌは勢いよく剣を抜き、構えた。
「私が最上位将官として胸を張るためにも、
お前に恥じない実力を示さなければな。
頼む、ステファリア。今の私を見てくれ!」
すると、ステファリアの表情が引き締まり、真剣な顔つきに変わる。
「良い顔になったね。一時期のあなたは、会食ばかりして太っていたから」
「そ、それは……!」
「ぱつぱつで、服が可哀想だった」
「なっ……!」
「ミュリエルに負けたのも、あいつの技を知らなかっただけじゃない」
「……う」
「エスペランサも言っていたよ。
あなたは地位と体重が増えるにつれて、実力が落ちていったって」
「え、エスペランサぁ……!」
遠くで見守るエスペランサが、バツが悪そうに、
しかしどこかほほえましそうに苦笑いしている。
「でも、最近は頑張っているみたい。
だから良いよ、久々に剣を交えよう。同期だ。入隊当時を思い出しながら」
ステファリアの言葉に、リシュエンヌの胸に熱いものが込み上げる。
「……ステファリア。そうだな! 気負わず、久々に正々堂々と戦おう!」
「行くぞ!」
「いいよ」
二人の刃が、静かに交差しようとしていた。
決着
リシュエンヌとステファリアの戦いを見つめていたエスペランサは、
ある違和感を抱いていた。
リラックスして戦いに挑むリシュエンヌに比べて、
どこかいつものステファリアではない――そう感じていたのだ。
同期の騎士と一戦交えられる喜びを表情に浮かべるリシュエンヌとは違い、
ステファリアはどこか虚空を見つめるような寂しさを湛え、
あまり戦いに集中していないように思えた。
リシュエンヌは意気込んで、自ら攻撃を仕掛けた。
「行くぞ! ステファリア!」
特技でもある金の靄(もや)を全身に纏わせながら、リシュエンヌが突撃する。
彼女の剣が、金色の軌道を空中に描き出した。
「……」
無言でリシュエンヌの剣を受け止めたステファリアは、それを力技で押し返した。
「はあっ!」
ステファリアの鋭い斬撃がリシュエンヌに迫るも、
リシュエンヌは華麗にその攻撃を見極めて回避していく。
「やあっ!」
リシュエンヌの突きがステファリアの肩を掠めた。
カウンターでステファリアはリシュエンヌの太ももめがけて斬りつけるが、
リシュエンヌは飛び退さってこれを回避する。
体勢を立て直したリシュエンヌは、ステファリアに優しく声をかけた。
「さすがだ。今の動きだけでも凄さが伝わるぞ、ステファリア」
ステファリアはしばらくリシュエンヌを見つめた後、目をそらした。
「そう……どうも」
思っていたのと違う反応に、リシュエンヌはあっけにとられた。
遠くで見守るエスペランサも、不思議そうな表情を浮かべている。
リシュエンヌはもう一度剣を構え直し、ステファリアに突撃した。
「お互い、調子を上げていこう! ステファリア!」
さっきよりも一段と速い。
リシュエンヌの周囲に多くの光靄が集まり、ステファリアの視界を攪乱する。
「くっ!」
ステファリアは、一段と速くなったリシュエンヌの、
残像を含んだ光の剣筋を一つ一つ弾き返していった。
目にも留まらぬ剣の応酬が、二人の間の空間を支配する。
「はああああああああっ!」
「くっ……!」
エスペランサは真剣な表情で二人の戦いを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……ステファリア?」
――激しい剣の応酬がしばらく続いた後、
リシュエンヌの突きがステファリアの剣鍔(けんつば)を捉えた。
ガキン!
乾いた音が響き渡り、ステファリアの片方の剣が宙を舞った。
「いまだああああっ!」
リシュエンヌの剣がステファリアの胴体を捉える。
「ぐああああああっ!」
ステファリアは激しく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「ステファリア!」
エスペランサが駆け寄ろうとしたが、ステファリアはすぐに立ち上がり、
エスペランサに向けて手のひらを広げた。
「エスペランサ……止めないで」
ステファリアは苦悩の表情を浮かべながら言った。
リシュエンヌは少し心配そうな顔を向ける。
「ステファリア……何かあったのか?」
「関係ない……続けましょう」
「おい、ステファリア……お前、体調は……」
「関係ない!」
ステファリアは少し声を荒らげた。
「リシュエンヌ……お願い、続けさせて。手を抜かないで。真剣に、全力で私にぶつかってきて」
リシュエンヌは、ステファリアの真剣な目つきとその言葉に目を見張った。
「ステファリア……」
一向に揺るがない瞳の強さを感じ取ったリシュエンヌは、力強く応じた。
「……もちろん。全力でお前を倒す。それが騎士道だからな」
ステファリアは、微かに微笑んだ。
「いくぞ!」
今度はステファリアが全身に力を込め、雄叫びを上げた。
「ああああああああああああああっ!」
ステファリアの全身の筋肉が引き締まる。勢いよくリシュエンヌに飛びかかっていった。
今までで最も速く、そして重い攻撃だった。
ズガン!
ステファリアの重い一撃が、リシュエンヌの剣を押し込む。
「くっ……重い!」
「はああああっ!」
ズバッ!!!
ステファリアの追撃が、リシュエンヌの体を後方へと吹き飛ばした。
「ぐわああああっ!」
「はぁ……はぁ……」
リシュエンヌは地面に倒れ込む寸前、体を地面と平行に180度回転させると同時に、
地面を蹴りつけてステファリアへと突進した。
あまりにも見事な身のこなしの速さに、ステファリアは一瞬気を取られる。
「えっ」
「受けてみろ! 私の必殺技だ!!!」
リシュエンヌの全身を光靄が包み込む。同時に、
彼女から放たれる目にも留まらぬ速さの突きの連打がステファリアを襲った。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ……!
「があああああああああああああああっ! ……あ、がっ……やあああああああああ!」
「はああっ!」
渾身の最終一撃が、ステファリアを捉えた。
ザンッ――……ドサッ。
「はぁ……はぁ……」
「ステファリア!!!」
エスペランサがすぐさまステファリアの元へと駆け寄る。
リシュエンヌは、倒れたステファリアをじっと見つめていた。
ステファリアは上半身を起こそうとしたが、すぐに諦めて力を抜いた。
「……さすがね、リシュエンヌ。しばらく立てそうにないわ」
リシュエンヌは腑に落ちない様子で問いかけた。
「……何で……?」
エスペランサも問いただすように声を重ねる。
「……何があったの」
ステファリアはゆっくりと息を吐きながら、声を絞り出した。
「何もないし……言い訳はしないよ。でも……負けたら、すっきりした気がする……」
リシュエンヌは少し悲しげな表情を浮かべた。
「……私は……お前にとって、本気を出すに値しない相手なのか?」
ステファリアは首を横に振った。
「そんなことない」
「嘘だ。グレゴリスのホリーを想定して特訓していた時のお前とは、まるで動きのキレが違う」
ステファリアは目を閉じ、深くため息をついた。
「……ホリーへの興味は……もう無くなったんだ。関係ないよ。
私はあなたに負けた。それだけ。上司として、文句はないよ……」
リシュエンヌは無言のまま背を向け、その場を立ち去った。
その場に残されたエスペランサは、ステファリアに声をかけた。
「ありがとう」
「? 何に対して?」
「リシュエンヌのこと」
「? 戦って負けただけだよ」
「いや……なんとなくな」
「変なこと言うね」
エスペランサはステファリアをじっと見据え、意を決したように言った。
「グレゴリスのホリーに、会ってみたいな」
ステファリアは少し驚いた顔をした。
「? なんで」
「以前のお前に戻すため……かな」
「……もう、興味ない……から」