導入
ダージュ国の壁を出てから2週間。2人にとって何もかもが初めてだった。
壁の中ではすべてが与えられていた。
しかし、一度壁の外に出ると想像もつかないことの連続だった。
最初は不安でしょうがなかったが、2人一緒だったから何とかなった。
淡い憧れから始まった旅は、次第に生きるために必要なことを意識するサバイバルへと変わっていった。
貴族の立場を忘れ、道中で見つけた民家と交渉して宿泊先を確保した。
野生の動物と戦い、魚を釣り、野宿をするようにもなった。
かつては野蛮だと口にし、絶対にできないと思っていた行為を平気でこなせるようになるまで、
それほど時間はかからなかった。
しかし道中、2人は不思議な感覚に陥っていた。
まるで進むべき道があらかじめわかっているかのように、
何も考えずに歩いていただけなのに、ハルもレイラも同じ方向に向けて歩き続けていた。
広大な大平原を抜けた後、巨大な河川に差し掛かった。川の向こう側にはいくつもの城が並んでいた。
「たくさんお城がありますわ! ダージュ国の壁の外にいらっしゃる貴族の方々のものではないかしら?」
レイラが声を上げた。
「私、もうそろそろお風呂に入りたいですわ。
一週間ぐらい前に、通りがかった農夫にお湯を借りて以降、全くお風呂に入っていませんわ。
汗の臭いが気になってしまって……」
「でも様子が変ですわよ、レイラ。もうちょっと近づいてみないとわかりませんけれど……」
2人がお城に近づいていくと、その精気の無さに気が付いた。
「やはり……」
ハルは呟いた。
「これは古城群……今は亡き貴族の先人たちがここに虚栄の限りを尽くして、いくつも築城していた一帯ですわね」
レイラは少しがっかりした。
「……なんだ……誰も居ないのですか?」
「……まだそれはわかりませんわ。遠くに見えているだけで、お城が20棟ほどありますもの」
「一つ一つ見て回ります?」
「そうですね……誰かいるかもしれません」
「盗賊とかの住処になっていても大丈夫かしら?」
「大丈夫ですわ、レイラ。私たち、だいぶ逞しくなっていますもの」
ハルとレイラはお城をいくつか見て回ったが、どのお城も完全な廃墟であり、人の気配がしない遺跡だった。
「誰も居ませんわねぇ」
レイラが独りごちた。
「ちょっと休憩しますか……」
ハルは古城の城門の隣に位置する崩れかけた岩壁の上に、レイラと並んで腰掛けた。
遠くには同じような古いお城が並んでいる。
「寂しげな場所ですわね……」
「昔は私たちの先祖がここに住んでいたんですわね」
「どうしてダージュ国は壁の中に閉じこもってしまったのでしょうか」
「さあ……」
「雲が……ゆっくり流れていますわね」
「眠くなりそうですわ」
2人がボーっと荒野の先にある複数のお城を見ていると、一つのお城が一瞬キラッと光った。
「え? 何ですの、あれ?」
「レイラも見えましたか?」
「光りましたわよね?」
「あの方向の先にある小さなお城……」
「ちょっと行ってみましょう!」
「ぜぇ……ぜぇ……何ですの?」
「こんなに遠かったですかしら?」
「なんかお城が遠ざかっていませんか?」
「そんなはずないのですが……」
「あのお城でしたわよね?」
「なんだか違和感を覚えます」
「ねえ……レイラ……」
「何ですの?」
「私たち、ずっと真っ直ぐ向かってきましたわよね?」
「そうですわ」
「となると、左右のお城の位置がおかしくありませんか?」
「え?」
レイラはきょろきょろと左右を見回した。
「そういえば……さっきまで視線の先にお城が3つ見えていて、
そのうちの1つを目掛けて追いかけていたはずなのに。
今気が付いたら、なぜほかのお城が完全に左右に分かれて見えるのかしら」
「……蜃気楼かしら」
「……ありえますわね」
「どうしましょうか」
「……」
「……」
「……直感を信じましょう。このまま真っ直ぐ進みましょう」
「私もそう思いますわ」
「確かに何かが光ったのは、今進んでいる方向ですもの」
「そうですわね」
2人は顔を見合わせて、今来た道の延長線上へと進んでいった。
歩けば歩くほど目の前の城が遠ざかる感じがしていたが、しばらく進むと景色が一変した。
「これは……」
「たどり着きましたわ!」
一度砂埃で視界が遮られたかと思ったが、それが晴れた後には、目の前にそれほど大きくない古城が姿を現した。
「ここに誰かいるかもしれませんわね」
「ええ。探しましょう」
「見つかると良いわね! 可愛いわね~、お嬢ちゃんたち♡」
「え?」
ハルとレイラは驚いて声のほうを振り向いた。すると、一人の女が立っていた。
「いつの間に?」
「誰ですの?」
ハルとレイラが慌てて女に問いただした。
「やあ~。こんにちは! ぐふふふ。なんか嬉しいわね~。久々にジーク以外の人に会ったわ。しかもこんな可愛いお嬢ちゃんを両手に。わたしって幸せ者~」
「誰ですの!」
レイラが少し声を荒らげた。
「わお。セクシーなお嬢ちゃん、怖いなぁ。私はヒルデガルダよ。
ジークの世話役。ミシュリーンヌから聞いているわよ。ハルっていう娘とレイラっていう娘が来るって」
その言葉を聞いて2人は安心した表情を見せた。
「ジークフリーダ様に会いに来ました」
ハルが頭を下げた。
「ふん。私も同じですわ」
レイラが腕を組みながら鼻息荒く言った。
ヒルデガルダは顎をさすりながらニヤニヤしている。
「そうかいそうかい。よく来たわね。じゃ、さっそく剣を抜いてもらおうかしらね」
「え?」
「何ですの?」
その瞬間、ヒルデガルダの手には刀が握られていた。ヒルデガルダの周囲にはオーラのようなものが纏わりついている。
「なんでですの?」
「なぜですか?」
ハルとレイラは動揺した。
ヒルデガルダの周りに強い風が吹き荒れた。
「ちょっとねぇ……ジークに会わせるには、それなりの実力が必要なのよ。
わたしに一太刀浴びせられればジークに会わせるわ」
「そ、そんな!」
ハルは狼狽した。
「へとへとなのですよ!」
レイラの堪忍袋の緒が切れた。
「いいよ。2人がかりで。別に危険な目に遭わせないわよ。ただのお嬢ちゃんなら帰ってもらうだけ♡」
レイラとハルは剣を構えた。
「あは。じゃあ行くよ~。手加減はしないぞ」
決着
「ふんふんふんふん~」
「はぁ、はぁ」
「ぜぇ、ぜぇ」
ハルとレイラは体力だけが失われていき、2人とも疲労の色が表情に現れていた。
ヒルデガルダは二人がかりの攻撃を避け続けながら、軽い反撃を続けていた。
レイラがヒルデガルダに突きを繰り出した。
ガキン!
ヒルデガルダは持っている剣の腹で難なく防ぎ、レイラの剣を弾き飛ばした。
「きゃっ!」
「レイラ!」
ハルがレイラのほうを向いた瞬間に、ヒルデガルダの剣がハルの胸に突き付けられた。
「はい。これで53回目。」
「くっ・・・」
「・・・まだやるかい?」
弾き飛ばされて砂の上に膝をついているレイラは歯ぎしりをした。
「これはなんですの!いつまで続けるんですの!」
ヒルデガルダは微笑みながらレイラを見た。
「それは君たち次第だよ~。言ったよね?
私に一太刀浴びせればジークに会わせるよ、って。
でも私は久々に君たちみたいな子に会ったから嬉しいんだよ。
だから無理やりには帰さないよ。
そうだねぇ・・・勝手に絶望して帰るならどうぞ~って感じかな」
レイラは言葉を失った。
ハルは険しい表情を浮かべて言った。
「私はあきらめません・・・」
「ハル・・・」
レイラは立ち上がった。
「もう少し付き合いますわ」
レイラはハルを見た後にヒルデガルダを見た。
「ちょっと!作戦タイムですわ!」
ヒルデガルダはその言葉を聞いて笑顔を見せた。
「どうぞどうぞ~。」
レイラはハルの耳元でささやき始めた。